鋳田籠を題材とした卒業論文

昨年度、京都造形芸術大学通信教育部を卒業された友人の松井さんが、鋳田籠を題材とした卒業論文を書いてくださいました。
とても熱心に取材をして、また、様々な文献を参考に、とても分かりやすくまとめてくださいました。
大学でも大変高評価をいただいたそうです。
鋳田籠は、土木工法という一般的ではない製品ですが、安心できる生活を守っています。
多くの方に知っていただける機会となりました。
松井さん、ありがとうございました。
http://g.kyoto-art.ac.jp/reports/1710/
山口県防府市の地場産業である鋳造技術を活かした「鋳田籠(ちゅうたろう)」に関する取り組み
松井 宏樹
はじめに
鋳造とは、熱で溶かした金属を鋳型に流し込んで目的の形をつくることであり、鋳造によりできあがった物を鋳物と呼ぶ。鋳物づくりは、紀元前4000年ごろにメソポタミアで始まったとされ、日本では弥生時代前期ごろから行われだしたと考えられている[1]。鋳造技術は、現代でも自動車産業など幅広い分野で利用されており、日本は世界第4位の鋳物生産国である[2]。だが、平成2年以降、時代の変化[3]に伴う生産量の低下により鋳物工場は減少の一途をたどっている[図1][4]。
本稿では、山口県防府市の地場産業である鋳物の可能性を探るため、アボンコーポレーション株式会社(以下、アボン)の「鋳田籠」に関する取り組みを評価し、課題、展望と共に報告する。
1.基本データと歴史的背景
1-1.アボンコーポレーション株式会社
山口県防府市牟礼今宿1-18-14にある鋳物業の会社である。古代より県内で最も鋳物産業が盛んであった防府市では[5]、鎌倉時代から江戸時代にかけて、高い技術を持った防府鋳物師が集住して風呂釜や神社の梵鐘などを鋳造していた[図2]。アボンは、文政4年創業の防府鋳物師の流れをくむ。平成18年に産業機械部品などを鋳造していた前身の株式会社松鋳が鋳物産業衰退の影響[6]により事業休止となった後を引き継ぎ、平成19年3月に7代目となる松村憲吾によって設立された。地球環境保全・持続可能な社会づくりを経営理念とする[7]。
1-2.鋳田籠
縦50㎝×横100㎝×幅1.6㎝、重量21㎏のダクタイル鋳鉄[8]製パネルを、2mの枠に組み立てた枠体の名称である[図3][9]。枠内に砕石を中詰材として投入して、治水・治山工事などに使用する[図4]。伝統工法である木工沈床[10]の枠体に替わる新しい工法として、平成10年に株式会社松鋳によって開発された。当初、鋳田籠は鋳物の一製品に過ぎなかったが、実証実験[11]を重ねるうちに堅牢でありながら地球環境に優しい製品であることが判明し、アボンの主力商品となった。
2.特筆する点
2-1.特徴
鋳田籠の特徴は以下の5つである。
1)古代より鍋や釜などに使われてきた安全な素材である鋳鉄のみを使用[12]し、また鋳鉄から溶出する二価鉄イオンが藻や植物プランクトンの栄養分となり生態系に適した環境を創り出す[13]など、自然環境に配慮している。
2)耐久性に優れたダクタイル鋳鉄を用いており、転石が多く流速の早い急流河川でも施工が可能である[14]。
3)鋳鉄は鉄に比べて炭素を多く含むため耐食性に長けており、鋳田籠は海水における実験で耐食年数(製品寿命)132年が実証されている[15]。
4)鉄スクラップを再利用した100%のリサイクル原料を使用し、また鋳田籠自体も溶解すれば繰り返し製造が可能であるため、資源を無駄にしない[16]。
5)くさび連結方式によりパネル枠の組立が人力作業で容易に行えるため施工が早く、土砂災害などの急を要する工事にも適している。
2-2.他工法との比較
鋳田籠は、コンクリートブロックや金網かご[17]の他工法と比べて優位性をもつ[図5]。環境面では、素材である鋳鉄から溶出する二価鉄イオンが水生植物の栄養分になり[図6]、また中詰材が水中では魚巣空間となり地上では植生空間となるため、鋳田籠は他工法ではできない「多自然川づくり」[18]に適している[図7]。また、コスト面では、製品単価は高いものの他工法のような重機搬入のための仮設工が不要であり、短期工期で施工が可能なためイニシャルコストを抑えられる[19]。さらに、鋳田籠の耐食年数は132年とコンクリートブロックの60年、金網かごの15年に比べて際立って長いためライフサイクルコストに優れており、トータルコストの縮減が図れるのである。
3.評価と課題
3-1.評価
鋳造技術により開発された鋳田籠は、環境性、耐久・耐食性、リサイクル性、施工性、経済性に優れている。とくに他工法と比べて、自然環境の改善作用とコスト面での優位性は、昨今の自然災害などによる環境意識の高まりや、国や地方の財政問題が公共工事に与える影響が懸念されるなかで[20]、今日的意義があり、鋳田籠の担うべき役割は大きいと考える。
3-2.課題
平成25年5月、アボンは鋳田籠の事業拡大を目的として、全国の鋳造業者と商社で構成する一般社団法人 鋳田籠工法協会(以下、工法協会)[21]を立ち上げた。そして、公共機関への営業活動を地道に行い施工実績は400件を超えてきた。だが、河川工事などの公共工事では、建設省(現国土交通省)が昭和29年以来、コンクリートブロックを採用し続けており[22]、また伝統的工法である金網かごほどの知名度もないため、鋳鉄素材の鋳田籠は未だに営業で苦労が絶えない。よって、前例踏襲主義に陥りやすい行政側の意識変革のためにも、鋳田籠の認知度向上が課題となる。
4.提案と展望
4-1.株式会社モスフードサービスの事例
株式会社モスフードサービスは、昭和47年創業の日本発のハンバーガーチェーンである。創業当初より、地代の高い一等地を避け、厳選した素材で注文を受けてから作る「おいしい味」に拘り続け、また、利益率のよい直営店よりも地域密着のフランチャイズ(以下、FC)経営に重きを置いてきた。着目すべきは、FC加盟条件に資金や店舗物件の有無ではなく経営理念の共有を最も重要視している点である。そして、理念で固く結ばれた加盟店と結束して各地域でモスブランドを浸透させていくことにより、日本のハンバーガー業界で第2位のシェアを誇るまでになった[図8]。
4-2.鉄の環境利用の広がり
平成10年より、北海道増毛町では磯焼け[23]にあった藻場の再生プロジェクト[24]が始動しており、海岸に鉄分を補給する実験[25]で豊かな藻場が蘇った。これは、磯焼けの原因を近代的開発による鉄分供給不足とする立場[26]から改善を試みたものであり、現在、同様の実証事業が全国約40カ所で実施されており、各府県の水産試験場や水産庁との共同調査も行われている。
4-3.提案
鋳田籠の認知度向上のために工法協会と連携した周知活動を提案したい。現在、工法協会会員は設立当初の6社から1都10県にわたる15社にまで増えた[27]。日本各地の沿岸で磯焼けが深刻化するなかで、4-2で挙げたように鉄による環境改善効果が非常に注目されている。よって、工法協会で行ってきた公共機関への営業活動の他に、各地域で連動して鋳鉄製の鋳田籠の周知活動に注力することは時宜に適うと考える。重要な点は、これまでアボン一社が中心となって取り組んできた、大学などの研究機関や水産試験場、漁協などとの連携を工法協会で協同することで相乗効果を狙うことである。そのためには、会員企業同士の連携を高めるために定期的な情報交換や学習会の場を設ける[28]ことや、効率的な組織戦略を練るために然るべきコンサルタントの助言や指導[29]も検討すべきであろう。
4-4.展望
4-1の事例が示すように、経営理念を共にする会員企業と結束して鋳田籠の優位性を広める取り組みに邁進していくことが、着実な認知度向上に繋がると考えられる。そして、各地域で鋳田籠の支持者が増えていくことにより、市井の声に敏感な公共機関への営業にも有利に働くことが期待できるのだ。何より、他工法と比べ環境やコスト面などで優れる鋳田籠を採用することが、公共工事の受益者である市民・国民のためになることは、本稿で明らかにしてきたとおりであり、一層の普及が願われるのである。
おわりに
大化の改新以降、防府には周防国府が置かれた。文治2年、朝廷は兵火により焼失した東大寺再建のため周防国を造営料国として東大寺に寄進した。同年、東大寺再建の大観進であった重源上人は周防国務管理に任ぜられ[30]、宋の鋳物師・陳和卿などの技術者をひきいて防府へ下向した。このとき伝えられた最新技術は、防府の鋳造技術の画期的な革新となり、近世にかけて鋳物生産は隆盛を極めることになった。
環境破壊や自然災害が深刻化するなかで、アボンの地球環境保全・持続可能な社会づくりへの挑戦は、鎮護国家[31]を目指した聖武天皇により建立された東大寺、そしてその再建に尽力した重源上人らの国家安泰への想いと、相通じるものがあるように感じてならない。
古い歴史を有する鋳物産業の町で、防府鋳物師が生み出した「鋳田籠」の展開を今後も注目していきたい。